April 18, 2014
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さて、家の子、二世について書いてみる。
所謂、家の子、二世と呼ばれる世襲制度。私もそうであるが、恵まれ得することもあれば、そうではない場合もある。

生まれた時からお世継ぎ誕生、と周りから騒がれ、生まれた本人の意思は度外視。周りの大人は身勝手に子どもの人生を決めつけて喜ぶ。最初から仕方が無いと諦めるジュニアもいれば、他の世界に挑んでみたいと思い悩む時期をもつ人も多い。いずれにしても多くが、一度は能の世界からはみ出したくなるようだ。青春期に、親のあとを嗣がないでどうする、という強制的な物言いは若い心を苦しめる。私の場合は、数学、英語も苦手、もうこの世界でしか生きていけないと、己を知っていたので能楽師になる覚悟を決めるのが早かったが、そうではない人も多いと思う。

とにかく、決めつけられる、他のことをすると余計な寄り道だと忠告されるのは、あまり気分のよいものではないし、正しいかどうかも疑問だ。ただ二世で得することは多く、それを考えれば、この程度の助言パンチはくらって当たり前なのかもしれないが・・・。

幼児は生まれて直ぐに音に反応し、音楽を聴いて笑ったりする。人間には音楽に対してある程度の才能が備わっていて、あとは周囲の環境によってその才能が開花する、と「才能と信念の磨き方」(里中李生著)にある。

家の子、二世、世襲、この言葉はどうも私にはあまりよい響きに聞こえないのだが、「世襲は遺伝ではなく、育った環境によるもので、父親がしてきたことを子がずっと観察していたから、同じ事でも他人よりうまく出来る」との里中氏の説明には納得するところがある。

才能があって良い環境に育った人は、そうでない者より優れるのは当たり前。二世の政治家も二世の能楽師も、恵まれた環境なのだから絶対に上等にならなくてはいけないはず。だが残念ながら、二世の誰もが上等になれるか、というとそこは断言出来ない。作家の二世が少ないのは、親が子に仕事場を見せないためらしい。

私は子どもの頃から父や先輩方の舞台姿を見ることが出来たので得をしている、恵まれている。そしてそれを真似てきたが、今とても役立っていると思う。

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二世、家の子、世襲について - 能楽・喜多流能楽師 粟谷明生 AWAYA AKIO のブログ (via clione)

(via clione)

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