“ 世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」(米国)の「外国人に人気の日本の観光スポット」部門で、京都市伏見区の伏見稲荷(いなり)大社が2014年の第1位に輝いた。約1300年の歴史を持ち、「千本鳥居」など1万基以上はあるといわれる朱の鳥居で知られる「お稲荷さん」の総本宮だ。毎年正月には西日本随一の初詣客でにぎわうが、意外なことに世界文化遺産「古都京都」を構成する17件の文化財には含まれていない。数年前から急激に増えたという外国人観光客たちは、いったい何に魅せられているのか。稲荷大神様が鎮座する稲荷山(標高233メートル)を訪ね、秘密を探った。
(京都総局、北崎諒子)
口コミで人気は世界的に拡散
『ここは外せません。なぜならここは旅行中に見たどんなところにも似ていない、唯一無二の場所だからです』
トリップアドバイザーのサイトをのぞくと、豪州人旅行者が伏見稲荷大社について書き込んだコメントがあった。
トリップアドバイザーは、世界40カ国でサイトを展開している世界最大の旅行口コミサイトだ。400万件以上の宿泊施設や観光名所などが紹介され、1億5千万件以上もの口コミ情報が寄せられている。
「外国人に人気の日本の観光スポット」は、4年前からスタートした。2014年のランキングは、昨年4月から今年4月までに投稿された外国人たちの5段階評価や投稿数などをもとに、同サイトが独自に集計した。
伏見稲荷大社は、2011年6位、12年3位、13年2位と着実に順位を上げ、今年ついに1位を獲得した。
ちなみに、今年の2位は「広島平和記念資料館」(広島市)で、3位は「厳島神社」(広島県廿日市市)。京都からは、「金閣寺」(北区)が4位、「清水寺」(東山区)が7位にランクインした。
世界遺産を押しのけて伏見稲荷大社が1位になったことに、トリップアドバイザー日本法人の広報担当者は「朱色の鳥居が山の上まで連綿と続く光景に神秘さを感じる人が多い」と分析する。
数年前から外国人トラベラーが急増
伏見稲荷大社の岸朝次禰宜によると、「変化」を感じ始めたのは3、4年前から。「アジア系だけでなく欧米の観光客も増え、平日もにぎやかになってきました」という。
実際に外国人観光客たちの声を集めるため、伏見稲荷大社を訪ねてみた。取材で使うにはあまりにも語学力が心許ないため、質問項目を英文で大きく書き込んだノートを持参した。
まず稲荷山頂上まで同行取材させてもらおうと声をかけたのが、米ハワイから来たというホテル従業員、コレイ・キャンベルさん(35)だ。コレイさんは8年前に秋田県で英語教師をしていたころに初めて伏見稲荷大社を訪れ、今回が2回目だという。
「山頂に行くにつれて人が少なくなって穏やかな気持ちになる。朱い鳥居と山の緑の色合いに日本の平和の心を感じる」
コレイさんは、伏見稲荷大社の魅力を語ってくれた。確かに、平日に中腹の四ツ辻あたりを過ぎると、人はまばらになって朱と緑の世界に包まれる。小さな帽子を被った神様のお使い・キツネの像を参道脇に見つけたコレイさんは、気に入った様子で熱心にカメラを向けていた。
頂上まで30~40分ほど。下山する途中では、鳥居が木漏れ日で鮮やかなオレンジに染まり、コレイさんは「きれいな色…」と感激した様子でまたカメラのシャッターを切っていた。
京都駅から近く、フリーも高評価
四ツ辻の茶屋で休憩していたドイツのエンジニア、ダニー・ハネスさん(42)にも質問してみた。「山頂まで登るのはきつくて大変だけど、景色もよくて鳥居がきれい。伏見稲荷大社は他の京都の観光地と違って、自然が豊かで建物が建て込んでいないところがいい」と笑顔を見せた。
トリップアドバイザーで鳥居の写真を見て来たという豪州人も、「森の色とのコントラストがきれい」と語った。他にも、「鳥居が印象的で、不思議な気分になる。山を登るのも楽しい」(スペイン人、フランス人)、「色がカラフル。きれいで広い」(クロアチア人)、「建物が少ないところや自然があるところが気に入った」(ドイツ人)といった声を聞いた。
JR京都駅からわずか2駅で、駅前から歩いてすぐに参道につながるという絶好の立地条件も、人気の要因の一つになっているようだ。「JR京都駅に近く、独特の雰囲気がいい」(タイ人)。ネット上では、「フリー(無料)」という点も高く評価されている。
自由な芸術感覚でまつられる庶民の神様
米国の東洋文化研究者で、著述家のアレックス・カーさんは著書「美しき日本の残像」(新潮社、平成5年)で、伏見稲荷大社の魅力をこう紹介している。
『何千、何万の鳥居の列が山の上まで永遠のように続き、人もほとんど来ないのであたりは静かな朱の世界になる。中国から伝わった道教の神の色の朱は伏見稲荷大社では圧倒的な存在力を放ち、道教のマジックを醸し出している。さらに、無秩序に並んださまざまな形の塚が雑然と並んでいる光景には、日本人の自由な芸術感覚が表われている』
伏見稲荷大社の1万基以上の鳥居は、願い事がかなったことへの御礼に鳥居を奉納する習慣が、江戸時代以降に広がったことがはじまりとされる。無秩序で、決して計画的とはいえなくても、日本人の信仰心と感謝の積み重ねが、今のお稲荷さんを形作ってきた。
外国人トラベラーたちがその伏見稲荷大社に不思議な魅力や美しさを感じるのだとすれば、確かにこれほど面白い場所はない。
中村陽宮司は、公式サイトでこう綴っている。
「伏見稲荷大社は人々が幸せを求める『庶民の信仰の社』であり、『神様と自然と人とが共生する社叢(しゃそう)・稲荷山』であるということを大切にし、次の世代へと護り伝えていく使命が我々にはあります」。その思いはいま、国境を越え世界に広がっている。
世界遺産ではないにもかかわらず、世界中の人々を魅了し続けている伏見稲荷大社。岸禰宜は「もちろん、世界遺産登録を目指したい気持ちはありますが、登録申請の体制が整ってこなかった。まずは申請の基準になる国宝指定を目指したい」と話している。
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