Eyes of NAKA

長尾  胃ろうについての考えは、ほぼ同じです。よく、「俺は枯れるように死にたいんだ」と言う人がいますよね? 非常に観念的な言葉に聞こえるかもしれないけれど、実は、終末期医療においても、それは理想の死に方であると私は考えています。しかし、現代というのは、実は「枯れて死ぬ」のがむずかしい時代なのです。

人が歳を重ねて老いるということ、これは実は、水分量の変化でもあります。私はよく、講演会でこんな図を出すのです。干し柿です。これを出すと、会場のお婆ちゃんたちは爆笑するのですが……。

長尾  現代の医療では、身体が自然に死へと向かっている状態においても、「このままでは脱水になるぞ!」「栄養不足になってしまうぞ!」と、たくさんの点滴をします。人生の終末期で寝たきりで意識のない人にでも、1日に2リットルの点滴も日常茶飯事です。

その結果、ひどくむくみます。ぶくぶくの状態になって「亡くなったときの顔が、元気だった頃の顔とぜんぜん違いました」と嘆くご家族の方もいます。

そういう状態で亡くなっていく患者さんの姿を見るたびに、「平穏死」の反対語は「延命死」だと感じます。「延命死」は、私に言わせれば、「溺死」なのです。水中ではありません。ベッドの中で、溺れて死んでいく。これが現代の延命治療の結末です。

生徒II  そんなに見た目が違うのですか?

長尾  たとえば、同じ病状で、大学病院で亡くなった方のご遺体と、老人施設で亡くなれらた人がいたとします。亡くなった直後の体重を量ってみると、平均的な体重差が十キロ以上あるのです。溺れると、胃腸の腸管壁がむくみます。腸閉塞を起こして嘔吐します。そして心臓は、心不全を起こします。肺は、肺水腫を起こして、いわゆる「泡を吹く」状態になります。本人は、非常に息が苦しい状態です。

だから、酸素マスクをつけなければならない。認知症で意識が低下した人に酸素マスクをすると、邪魔だから無意識にはずそうとします。はずさせないために、病院では患者さんを縛りつけます。縛られると患者さんはどうなりますか?

一同  ……。

長尾  暴れるに決まっています。皆さんだって、同じ状態になれば当然暴れるでしょう。手足の自由を奪われるわけですから。暴れて、大声を出します。

大声を出されると、隣の寝ている病人さんが眠れませんから、今度は鎮静剤を投与されます。これをセデーションともいいます。セデーションとは、薬を使って、医療者が意図的に、患者さんの意識を落とすことです。ドルミカムという薬がよく使われているようです。

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