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 そんなだから、彼女は愛にはあまり気づかなかった。小さい愛、弱い愛、部分的な愛は「なんだか不審な親切」として処理された。男の子たちの好意はたいていの場合、愚かしい妄想、自分を見くびったゲーム、装飾された暇つぶしといった解釈を与えられて退けられた。私はときどき彼女からそのような話を聞いた。少しかなしかった。巨大な穴に小さいものを落としても効果なんか見えないけれど、だからといって何も入れなければ穴はいつまでも穴のままだ。

 そのような日々を経て、ある日突然、彼女の巨大な空洞にふさわしい巨大な恋が彼女を訪れた。たがいの心臓を取りだして差し出すようなやつだ。このような愛が人を救うのかしらと私は思って彼女とその恋の相手を見ていた。しかしそれは破綻した。三年が経っていた。考えてみればあたりまえだよなあと私は思った。彼の心臓は彼の心臓、彼女の心臓は彼女の心臓だ。取り出して差し出したって相手のからだに埋めて使えるわけじゃない。だいいち彼女のそれには穴があいていて、交換したって穴は穴のままぽっかりとそこに空いているのだ。私は彼女が荒れ狂い、以前よりさらに強くこの世を呪うと予測した。

 けれども私にとっては不可解なことに、恋の破綻のあと彼女はとても健康になった。部屋に遊びにいくとあきらかに掃除のしかたがいいかげんになっており、削いだようだったからだに少しばかり贅肉をつけ、まあいいじゃんとかどうにかなるよとか、そういうせりふを言うようになった。何があなたをそのようにしたのと私は尋ねた。恋ですか、それともその消失?両方かなあと彼女は言って気の抜けた笑いを笑った。わたし大人になったんだあ。若かったころにはしなかった子どもっぽい口調で彼女はそう言った。

 そのようにして彼女は割り箸的な愛をも受け取ることのできる人物になった。彼女の安定と彼女の健康を私は祝福する。割り箸をくれる彼女の同僚たちにも感謝する。けれども私は、あの脆弱で獰猛で世界を激しく憎んでいたころの彼女を、少しなつかしく思う。あの子はきれいだったと思う。箸三膳分の愛なんか歯牙にもかけなかった、みじめな女の子のことを。

 
  1. gen-destino reblogged this from morutan