ロブスター
〜30歳くらいには結婚。子供は欲を言えば2人欲しい。あと、それなりに大きい犬を飼いたい〜
20歳で上京した時に思い描いていた未来予想図にはほど遠い毎日が過ぎてゆく。パートナーや結婚感に対する価値観は欲が薄れつつある。今、日本では結婚しない若者が今増えている。日本だけに限らないかもですが。ちょい前までは他人事だとスルーしていた、そのニュースの"若者"にもいつしかカテゴライズされない年齢を迎えてしまった。結婚とは?恋人とは?そして、愛とは?
ある日、プロジェクターのリモコンをスクロールする指がふと止まった。そのタイトルは「THE LOBSTER」
あらすじは、どんな理由であれ独身者は罪な世界。彼らは街外れのホテルに収監され、そこで45日以内に"共通点"のあるパートナーを見つけなければならない。もし、猶予まで見つけられなければ、自分が選んだ動物に姿を変えられ、森に放たれてしまう。
もし、動物にならなければならないとしたら何になりますか?僕は真っ先に浮かんだのはやはり犬でした。物語の中でもどうやら1番多いのは犬らしく、これはワールドスタンダードみたいです。やっぱり犬はいいよな〜。
しかし、自分の特徴と似てる動物の方が良いと説明を受け、"近視"の主人公のデヴィッドが選んだのはロブスター。ほぼ視力がないロブスターと眼が悪い自分は似ている。更にロブスターは生殖能力もあり、寿命も長いことで彼が選んだのがロブスターでした。ちなみにロブスターの眼は光にとても敏感なので暗闇での生活を余儀なくされており、光を見る時は、失明する時。このロブスターの特徴が物語のラストにとても響いてきます。
デヴィッドは妻から離婚を告げられ、このホテルに収監。それからカルト団体のような日常をなんとかやり過ごしていきます。なんやかんやありながらも"冷酷"な女を騙して、偽りの共通点をもつパートナーとセカンドステージへ。この冷酷な女ではなく、最初にアプローチをかけた"鼻血を出す"女が「The End of the F***ing World」でアリッサを演じたジェシカ・バーデンだったのにはアガりました。
"冷酷"と偽った共通点がバレるのに時間はかかりませんでした。自身をロブスターに変えられる前に、その女を動物に変えることでなんとかその場を脱して、デヴィッドは森で生活する"独身者たちのユートピア"へと逃げ隠れます。
物語の第二章。なんらなここからが本編。そもそもこのユートピアはデヴィッドと同じく、ホテルから逃げてきた独身者達で構成されています。お一人様OK。日常生活の縛りもなし。
ただ、1つだけ犯してはならないルールが存在。それは"恋愛禁止"
見てはダメ。さわってはダメ。と言われると、どうしてもやってしまいたくなるのが人のさが。デヴィッドはホテルに戻れば即ロブスター。街に逃げ込んでも、1人で街ブラしていると職質をくらう世界。もうここしか生きる場所は残されていません。腹をくくり、その環境にも慣れてきたある日。同じ森で生活をする"近視"の共通点を持つ女性に出会う。彼は彼女に一目惚れするのでした。
ここでふと疑問に思うことはないでしょうか?独身者だけで生活できるフィールドがあるなら、独り身でいたい人はそっちに行けばよくない?と。その答えはホテル生活のルーティンにあります。ホテルでサイレンが鳴ると独身者達は皆、麻酔銃を持ち、バスで森へと向かいます。そこで森に潜む独身者を捕まえれるごとに動物にされるまでの日数が1人捕獲につき1日延長されるという仕組み。
なので、森のにいる独身者達はいつくるかわからない敵から逃げなくてはならないのです。やはりどこの世界にも完璧なユートピアは存在しません。
デヴィッドと近視の女は四肢を使った2人だけのサインで愛を深めていきます。しかし、このルール違反がバレなければ物語は進みません。恋仲になった2人にはそれなりの罰が課せられることになっています。デヴィッド達のよからぬ仲に勘づいたリーダーを演じたのはレア・セドゥ。やはり存在感が別格です。リーダーは近視の女を連れて街に繰り出し、眼の治療と嘘をつき近視の女を失明させます。まるで、希望の光を見つけたのに、その代償として光を失うロブスターのように。
デヴィッドは脅しに近い警告だけで難を逃れますが、光を失った近視の女に対する愛は変わりません。なんなら深まります。このままでは最悪の結末も近いと悟った2人は森からの逃亡を決行。
焦りで間違えて手に取ってしまったパツパツのスラックスの不快感と、険しい道のりを何とか乗り越えて盲目の彼女とたどり着いた街のレストラン。一面大きな窓際のテーブルに座る2人を映した描写は、まるで水槽に飼われるロブスターのようだった。
カフェのウェイターにバターナイフではなく鋭利なステーキナイフをお願いするデヴィッド。
彼は近視の女と同じく失明するつもりです。彼女の正面と左右の横顔を脳裏に焼き付け、いざ心を決めます。レストルームの鏡の前に立ち、ナイフの先端を右眼のギリギリに持ってくるデヴィッド。ガタガタと震える右手。
劇中カットは近視の女に戻ります。彼女の前に置かれたグラスの水は半分ほどに減っている。彼が席を立ってからそれなりに時間が経過したことが伺える。彼女のグラスに水を差すウェイターのさまは、まるでロブスターを飼育している飼い主のように。 物語はここで幕を閉じます。
監督・脚本はギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス。なぜ?な突拍子のない世界観でも、最後にはそれを気にしないほどの余白付きの結末を用意してくれる。エンドロールと共に聞こえる波の音。ラストはデヴィッドが彼女を置き去りにしてロブスターになる道を選択して海の底でひっそりと…が大方の予想。
この結末が1番腑に落ちるが、僕は政府によってロブスターに変えられたのではなく、自らの力でロブスターになる=失明。もしくは近視の女を見捨てることなく、この先の困難も彼女に寄り添っていてほしい結末を願ってしまった。この考察は間違いなく的外れ。でも、観るタイミングによって結末の捉え方が変化するのがこの作品の良いところ。今の僕はバットエンドよりも愛を選ぶ。冒頭の未来予想図が諦めきれない僕の気持ちも上乗せして。
NARI