2020年12月9日(水)水曜シェアリング・リポート
天神山アートスタジオの冬季プログラム招聘アーティストたちを交えて開催される、週に一度のオンライン集会『水曜シェアリング』。世界各地で活動中の招聘アーティストや天神山のコミュニティ、そしてスタッフが、雑談レベルで気軽な交流を持てる場として企画されています。12月9日は、国内招聘プログラムのアーティスト・永岡大輔さんがはじめてのご参加。ヒジュンさん、アーロンさん、そして永岡さんのお仕事やアイディアが出会い、移動し続ける三つの招聘プログラムが互いに接触するひとときとなりました。以下、レポートです。
参加者(敬称略) ヒジュン・チョイ(国際公募招聘アーティスト) アーロン・マクラフリン(国際公募招聘アーティスト) 永岡大輔(国内招聘アーティスト) 志村春海(リボーンアート・フェスティバル コーディネーター) 千葉麻十佳(アーティスト、国際公募コーディネーター) 小田井真美(さっぽろ天神山アートスタジオ AIRディレクター) 小林大賀(さっぽろ天神山アートスタジオ コーディネーター) 花田悠樹(さっぽろ天神山アートスタジオ コーディネーター) 五十嵐千夏(さっぽろ天神山アートスタジオ コーディネーター)
開催時間 19:00 - 20:40
山形県から北海道までの700kmを歩いて移動する-。そんな壮大なプロジェクトの真っただ中にいらっしゃるのが、アーティストの永岡大輔さん。天神山の冬季プログラム招聘アーティストの一人です。真っ黒なダウンジャケットのジッパーをめいっぱい上げて、完全装備でご参加くださいました。
花田「永岡さーん、お元気ですか??」永岡「元気!すごい元気!(満面の笑み)」
12月1日にプロジェクトをスタートし、現在は中継地点・石巻市に滞在中。ここまでの通算移動距離は約130kmとのこと。そんな永岡さんをエネルギー全開で支えるコーディネーター・花田は、日本全県制覇の経験者。自身の経験を呼び戻しながら、歩みを進める永岡さんの(遠隔)伴走を務めます。
と、ここで「おはようございます」と登場したのは、アーロンさん。先週のデュッセルドルフから移動して、今回はベルリンでのご参加です。ベルリンには日本人街のようなものはないものの、デュッセルドルフより英語話者が多い印象で、ドイツ語があまり話せないアーロンさんとしてはインタビューがはかどるのだとか。あるインタビュー先でふるまってもらった鮭のチャンチャン焼きを気に入ったそうで、「アイルランド出身の自分にとっては故郷の味がジャガイモとアルコールだから笑、(チャンチャン焼きは)もちろん慣れない味ではあったんですが。でもすごく美味しかった!」と嬉しそう。
ヒジョンさんは、最近寒さが緩んでいるという韓国のアトリエからご参加。「冬でもすこしあったかい日は、中国から微粒子が飛んできて空気がすごく汚いんです。寒さがひどくないだけ、いいんですけどね!」空気は国境規制をやすやすと飛び越えて、世界中を旅しているようです。
冒頭は永岡さんが、現在取り組まれているプロジェクトについて簡単にご紹介くださいました。そもそも、山形市から夕張市まで歩く、というアイディアはどこから来たのでしょうか?まず、永岡さんにとって山形市はご実家がある土地、そして夕張市は、2012年以来継続的に滞在制作を行ってきた場所です。滞在制作を通じ、永岡さんにとって夕張の人々は”大切な友人たち”になりました。そして今回は「”移動”が私たちにとってどんな意味を持つのか?」という問いをプロジェクトの発端に据えたことで、ホームから夕張の大切な人たちまでの道のりを”歩く”というシンプルな行為に帰着した…というのが事の次第なのだそうです。
「道中だれかと会ったりしてますか?」と尋ねるのは、三都市間を移動しながら日々いろいろな人にインタビュー中のアーロンさん。「3人の友人と会いました!そのうちの1人とは一緒にワークショップを開いて、彼女にとって”生きるために必要な技術”を教えてもらったんですよ。」招聘アーティストたちの移動を俯瞰してみると、目的地だけでなく、その道中にも”辿り着くべき”人々が点在しています。
さらに「北海道と山形は違う島にあるんですよね?どうやって海を渡るんですか?もしかして、泳ぐ??」と、こちらはヒジュンさんからの質問。遠くの目的地まで紙飛行機を飛ばすという、素朴ながらも力強い”移動”を計画中のヒジュンさんらしい視点を感じます。今回永岡さんはフェリーを使われる予定ですが、海を越える手段ひとつにも、アーティストの志向が如実にあらわれることを実感する場面でした。
そして話題は、志村さんがコーディネーターとして携わっていらっしゃる『リボーンアート・フェスティバル』へ。「石巻で開催されている、コンテンポラリーアートと食と音楽のフェスティバルです」。志村さんたちは、2011年の東日本大震災を通して人々が経験した大きな喪失だけでなく、そこで得られたものにも目を向けながら、フェスティバルを通して石巻の現在をみせていきたいのだとか。来年の開催へ向け、石巻にはすでにアーティストがリサーチに来ているそうです。早くも来年が楽しみですね。
また、永岡さんと志村さんが現在いらっしゃる石巻市は、2011年の東日本大震災によって、津波や原子力発電所事故からの著しい影響を受けてきました。こうした自然の脅威を身近に感じる日本での暮らしに対して、アーロンさんが育ったアイルランドでは「自然災害はほとんど起きないので、内戦とか侵略者の方が脅威」とのこと。人がつくったものを人が壊すことと、人がつくったものを自然が飲み込んでしまうことは、結果的に同じ状態を生み出すとしても、介するプロセスがまったく異なります。それぞれの土地における制作者の態度にも、もしかすると違いが現れるのかもしれませんね。
集いも終盤にさしかかり、話題はアーロンさんが成果として発表する予定の「マンガ」へ。今回の制作では、典型的な日本のマンガの形式に、西洋的な語りやストーリーを組み込むイメージとのこと。「外国人がなんとなくマンガの手法を使って遊んでるだけじゃん、とは思われたくないんです。でも心配がぬぐえずに、少し気が引けてくるときもあります。外国人がマンガを書いた先例を知らないですしね。」マンガを制作媒体として使いこなすため、模索は続きます。
さらにアーロンさんは、こんなことも。「戦後日本でマンガが人気を得たのは、マンガの”世界構築”という側面が、戦争で壊れてしまった世界を再構築しようとする当時の読者たちにウケたから、とも言えますよね。マンガはそうやって、個人というより集団が望む世界の再構築を具体化してきたと思います。私自身、今この大変な世界にあって、マンガのそうした”新たな文脈をつくる”側面に惹かれるんです。」さきほどの「自然災害ー人的災害」にも関連してくる視点でしょうか。今後の展開に目が離せない、マンガプロジェクトです。
終わりに。冬の7つのレジデンスプログラムを並行実施中の天神山アートスタジオ。日本に韓国、台湾、ヨーロッパ三都市(ロンドン、パリ、ベルリン)と、招聘アーティストたちはそれぞれの場所で制作に励んでいます。そんな彼らが肩の力を抜いて、ふらりと一堂に会せるのが、この水曜シェアリングです。今後もこの機会を通して、プロジェクトやアーティスト同士の出会いを目撃するのが待ちきれません。
(五十嵐)