2021年1月6日(水)水曜シェアリングリポート
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参加者(敬称略)
ヒジョン・チョイ(国際公募招聘アーティスト)
アーロン・マクラフリン(国際公募招聘アーティスト)
真砂雅喜(みせたこともなく、みたこともないAIR招聘アーティスト)
トムスマ・オルタナティブ(アーティスト)
千葉麻十佳(アーティスト、国際公募コーディネーター)
小田井真美(さっぽろ天神山アートスタジオ AIRディレクター)
小林大賀(さっぽろ天神山アートスタジオ コーディネーター)
花田悠樹(さっぽろ天神山アートスタジオ コーディネーター)
五十嵐千夏(さっぽろ天神山アートスタジオ コーディネーター)
開催時間
19:00 - 20:30
飛行機での長旅が遠のき、四角い画面によってあらゆる会議や集いが成立するこのごろ、ふと「地球がまるい」という体感を忘れてしまう瞬間はないでしょうか。天神山おなじみのこちらのアーティストにかかれば、そんな心配はありません。
「バルト海に面しているので、リガには美味しい海鮮がたくさんあるんですよ!わかめや昆布やそのほかの海藻もありますしね~」
「え!そちらでもわかめとか昆布とか食べるんですか??」
「はいはい、食べます。サラダっぽくして食べるんですよ~」
画面からはみ出さんばかりの立派な地球帽がトレードマーク、トムスマ・オルタナティブさんです。
「ラトビアに住んでいる日本人は60人いかないくらいしかいないんです。そのうち20人は在ラトビア大使館のスタッフで、別の20人は留学生、そして残りの人たちはサッカーコーチとかビジネスパーソンとか…あと、私もその一人です!笑」
昨年1月から、開催予定の展覧会のための事前リサーチでラトビアに赴いていたトムスマさん。滞在中にロックダウンが敷かれたことをきっかけに、滞在延長を決め、以来ラトビアに残り続けています。現在は、2021年1月22日オープンのグループ展示『Voice of Glass』(ラトビア国立美術館)のため絶賛準備中。ラトビアで新たにロックダウンが敷かれたばかりという状況を考慮して、オンラインでも作品を鑑賞できるような手はずも整えているのだそうです。
小田井「トムスマさんは日本を拠点にしていたんだけど、ロックダウンが始まってからラトビアを出られなくなっちゃったんだって」
アーロン「へえ、でもラトビアはいいところですよね?」
トムスマ「そうそう!いいとこです」
近隣のリトアニアにいらっしゃったことがあるというアーロンさん。バルト海エリアの話に花が咲きます。
トムスマ「エストニアやラトビアより、リトアニアはクラシカルですよね。エストニアは現代的で、ラトビアは両者の中間ってかんじで」
アーロン「ヴィリニュス(リトアニアの首都)は同時代美術が受け入れられていて、良いところだったなあ。エストニアとかの旧ソ連諸国では、上の世代がまだ”伝統”に圧倒されてる感じがありましたけどね。」
いささか突然に日本を長期間離れることとなったトムスマさん、これまでとは違った働き方や資金収集の方法も模索中とのこと。これまでどおり、日本のクライアントから寄せられるデザインのお仕事を受注することに加え、文化庁の持続化給付金を活用したり、ドローイングを販売する予定もあるそうです。
アーロン「そのかんじでいくと、アテネのONASSISっていうレジデンスプログラムが、やりくりが厳しいアーティストを対象に補助金制度をオープンしていましたよ。もしかして、今後困ることがあったら使ってみてもいいかも」
コロナ禍にあって最も重要なやりとりの一つといっても過言ではないのが、こうした補助金制度に関する情報交換です。これは美術に限らず、どの分野でもそうですよね。水曜シェアリングは、気軽にこうした情報をやりとりできる場としても機能しているようです。
トムスマ「今回実は、クラウドファンディングに挑戦しようと思っていて。というのも、(1月22日から始まる)展示のテーマが”collaborative(=協働の)”なんです。」
ガラスアーティストの本郷仁さんを中心に企画された『Voice of Glass』展は、本郷さんが日本やラトビア、中国、インドなど世界各地の出展者に呼びかけて実現した企画なのだそう。展覧会内でいくつかのコラボレーションが行われるだけでなく、準備の段階から、その協働の精神が発揮されつつあります。
と、ここで約1年が経過したトムスマさんのラトビア生活を振り返る流れに。ロックダウン直後からご自身のFacebook上で、日本に帰れなくなってしまったご自身の境遇をレポートしていたトムスマさん。「(Facebookでの投稿を)最初はみんな笑って、楽しく観てくれているだけだったんですけど、翌月フォーブスジャパンの編集長から連絡が来て。フォーブスジャパンのウェブサイトのために記事を書いてみたら、その後、記事を読んでくれた人たちからお声掛けいただくようになりました。」そうした流れで出会ったのが、ラトビアの音楽大学でクワイヤの指揮を勉強中されていた山崎志野さん。山崎さんはフォーブスの記事をきっかけにトムスマさんに連絡をとられたお一人で、ラトビア最大のクワイヤのメンバーでありながら、ご自身でクワイヤの作曲もされているそう。その楽曲に感激したトムスマさん、「今度なにかの展示でコラボレーションできませんか?」と打診し、プロジェクト『自由の次元(Dimensions of Freedom)』での協働に繋がりました。ラトビアの作曲家、クワイア、翻訳家、そして研究者ら8人のクリエイターから成るこの長期プロジェクト。「あなたはどんなとき自由を感じますか?あなたにとって自由とは何ですか?自由のディメンション(次元性)ってなんだと思いますか?」という質問を世界中の人々に投げかけ、感情で咀嚼してもらったり、熟考してもらったりと、さまざまな方法で考えてみてもらいたいといいます。「皆さんのお考えもぜひ聞きたいです!」山野さんとトムスマさんの息があった空気感は、皆さんもぜひYouTube『トムスマ・ジャーナル』にてチェックしてみてくださいね。
続いて、トムスマさんからあらためて簡単な自己紹介をいただきました。「トムスマといいます。“トム・スマ”というのはアイヌ語で“光る・石”という意味の言葉なんですが、地球も、太陽という光に照らされた“光る石”ですよね。そんな視点から、私は地球を“正装”として着用してパフォーマンスに臨んでいるんです。」“地球(私たち)が地球(惑星)の上を歩く”という図式はフラクタル構造の具現化でもあるとのこと。私たち一人ひとりが“地球”であると考えているトムスマさんによれば、私たちは同時に、全員がアーティストなのだそうです。
その後、ラトビアでのプロジェクトや日常について、ご自身の写真フォルダを振り返りながらシェアしていただきました。なかでも一同気になったのが、ロックダウン直前の昨年1月に撮影された、まちなかでのイルミネーションの写真。ラトビアの冬季は平均日射時間が6~7時間と短く、常に空がほの暗いことから、その陰鬱とした空気感に圧倒されてしまう人も多いのだとか。なんと近年まで、11月の国内自殺率が年間を通じて最も高い年が続いたそうです。そこで、まちをきらびやかな光の装飾で覆ってみたところ、11月の自殺率はゼロにまで下がったそう。「そうか、だから札幌もイルミネーションはじめたのか…!(小田井)」イルミネーションと自殺率の因果関係はまだはっきりとはわかっていませんが、鬱蒼とした冬を越す上で電飾が活気をくれるという感覚は、同じく冬のイルミネーションが盛んな札幌に住んでいると、少なからず腑に落ちます。なお、トムスマさんは暗い冬でも「全然大丈夫です!私は大丈夫!」とのこと。長い札幌生活を経て、暗く長い冬には少しばかり耐性がついていらっしゃるのかもしれませんね。
1月8日から始まるみせたこともなく、みたこともないAIRの招聘アーティスト・真砂雅喜さんは、この日が水曜シェアリング初参加。「すみません、いまちょっと頭がからっぽで…!」と突然の紹介に戸惑いつつも「札幌のアーティストで、44歳なので(皆さんのように)若くはないんですが…。これまでインスタレーション作品をつくってきましたが、今回は参加型の新しい作品に取り組んでいます。」と自己紹介してくださいました。
千葉「ものすごく地元の話題になりますが…札幌のどちらご出身ですか?」
真砂「西区です」
トムスマ「私は南区出身です!」
真砂「南区はなんでもありますよね、羨ましい…」
南区は面積でいえば札幌10区中最大ですが、そのほとんどは藻岩山をはじめとする山地が占めています。雄大な自然だけでなく、さっぽろ芸術の森美術館など複数の芸術文化施設がある芸術文化のエリアとしても知られ、美術に関心を寄せる市民にとってはたしかに「なんでもある」地域のようにみえることもしばしば。しかし他の地域のことを考えてうっとりしているのは、真砂さんだけではありません。
アーロン「イギリスは海に囲まれてて身動き取れないし、なんかもう外国みたいに感じるから、はやく馴染みのヨーロッパに戻りたいよう…と思いますね。」
インタビューと年末年始の帰省を兼ねてロンドンに滞在中のアーロンさんは、先日イギリスでロックダウンが敷かれたことにより、予定通り拠点アムステルダムに戻ることがかないませんでした。現在もまだロンドンで缶詰め状態。「PCR検査は今までに2回受けてますが、本当に恐ろしいですよ。脳みそを突き刺されるような感覚で…ロンドンを出発するときの検査はイングランドの人にしてもらうことになるから、きっと一段と手荒でしょうね笑 」ロンドンは気に入ったそうですが、今となってはやはりお住まいのオランダのほうが落ち着くようです。
と、ここで、話題は現在釜石市で年末年始休暇中の永岡大輔さんのプロジェクトへ。
小田井「今週末は寒波と雪が猛威を振るいそうなので、様子をみて来週から再開、というかんじになればいいと思っているんですが…というか、そうでないと永岡さんが死んでしまう笑」
山形から夕張まで地道に歩く永岡さん。北上に伴って冬も本番になり、日に日に天候との闘いが厳しさを増しています。天神山スタッフはもちろん永岡さんを信頼していますが、そのストイックさゆえ頑張りすぎてしまうのではないかと、少しばかり心配しているのもまた事実です。
荒木「じゃあ、花田さんのコーディネーターとしての第一任務は、永岡さんをとにかく死なせないでおくことですね笑」
永岡さんが全力でプロジェクトにあたり、安心して本望を達成できるように。コーディネーター花田は今日も、GPSから送られてくる永岡さんの位置情報に熱い視線を送っています。
続いて話題は、どこか見覚えのある風景をバックにマグカップを握るヒジュンさんへ。
千葉「ヒジョンは、なんだか札幌にいるみたいだね」
小田井「分かった、中島公園だ!」
ヒジョン「真美さん、ご名答!」
千葉さんと共に、とある“秘密のプロジェクト”に取り組んでいらっしゃるヒジョンさん。プロジェクトの一環で札幌の名所を尋ねてみると、千葉さんが札幌のお気に入りスポット「中島公園」を紹介してくれたそう。そこで、千葉さん直伝の道順を参考に、グーグルマップで韓国から中島公園までバーチャル散歩を試みたところ…「2回失敗して、3回目のトライで到着しました。」Zoomのバーチャル背景には中島公園内の天文台が光ります。そんなヒジュンさんは、トムスマさんとアイヌの関係が気になった様子。
ヒジョン「トムスマさんは、アイヌでいらっしゃるんですか?」
トムスマ「残念ながら違うんです。でも、小さいころからアイヌの文化や哲学に感嘆させられてきました。通っていた小学校にアイヌのちいさい博物館みたいなものがあったことも、アイヌへの関心を育む要因だったと思います。(アイヌは)なんて高次元でスピリチュアルな思考をしているんだろう、と好奇心をかき立てられました。」
札幌で育つと、博物館の展示資料や教科書の写真資料などを通してアイヌ文化と出会う場面がしばしばあります。札幌市内や近郊にあるアイヌ関連の施設に足をのばせば、もちろんそこでもアイヌ文化が紹介されています。年齢を重ね社会に属する感覚を強めるにつけ、小学生の自分がそれらの資料に対して無邪気に抱いていた「共感」のようなものを、さていち個人としてどう扱うべきか、と考えてしまうものですが、トムスマさんはそうした「共感」を素直に受け入れ、アーティストとしての実践の根幹に据えることを選ばれたということなのかもしれません。天神山アートスタジオにやってくるアーティストは、しばしばアイヌへの関心を動機として滞在制作に臨む場合がありますが、アイヌへの関心と一口に言っても、制作や作品への発露の仕方は千差万別。トムスマさんのように、個別の作品で大々的に扱うことはあまりないものの実践哲学の基礎に取り入れる、という場合もあるんですね。
最後は、“地球”になることでトムスマさんが到達したという「無我」の境地をみんなで想像し(英語で言い表す方法を探してみたところ、これが難航を極めました。実に、西洋的な語彙だけでは語り切れない考え方です)、来週水曜日の再会を約束して解散となりました。(リポート作成:五十嵐)