KARASU no ZAREGOTO

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【センチネルに落ちる夜】

 不動産屋にまつわる、ふと思いついたショートストーリーw




【センチネルに落ちる夜】

 イヴァルステッドの東の土地には、遊んでいる部分がかなり多い。そのせいか新進の建築技師、設計士たちは、あのあたりの起伏のある土地を利用して、様々な家を建てようと試みている。
 俺が知っているだけでも、Darkwater Home、Imperial Manor、Riftfalls Manor、Volgen Estate……まだあったはずだが思い出せない。中には、オブリビオンとかなんとかの影響か、「前には別の家があったような?」みたいなこともあるが、気にしちゃいられない。
 俺が滝の傍の廃屋を見つけたのは、その近くにあるDarkwater Homeへ行く途中、少し道を間違ったからだ。不動産屋に勤める友達を案内するのに、道をしっかり理解しておこうとして迷ったわけだから、そうしようとしたことは大正解だったと言える。
 ダーク・ウォーター峠にある家のほう―――その名前がついた家と、リフトフォールと呼ばれている家、同じ場所にあった気がしてならない―――も傍には滝が流れ落ちる高い土地で、俺はその夜、目よりも耳を頼りに歩いていた。カジートだからって、いつでも目を凝らしているわけじゃないってことだ。そしてそのせいで、たぶん、どこかで道を一つ間違ったんだろう。

 道が違うらしいとは気がついたが、引き返す前に俺は、前方の少し高い位置に、ちらちらと揺れる火の明かりを見つけていた。
 もう夜も遅かった。だから俺はそのまま、誰かいるなら泊めてもらおう、それが山賊かなにかなら片付ければいい、それこそいざとなれば夜目のきくこっちが有利だ―――相手がカジートの集団なら別だが―――とばかりに近づいていった。
 俺を出迎えたのは、ドラゴンだった。夜中に見るとぎょっとするが、小型のドラゴンはあくまでも彫像だった。自然にできるわけのない手の込んだ造形に、もしかしてこのあたりにも家があって、誰か住んでいるのかと思った。
 だが金属の門扉は錆つき、鍵はかかっていなかったが、留め金をはずすのにも一苦労だ。そして引き開けるとものすごい軋みを上げた。
 明かりはそのすぐ傍の見張り塔の上にあるもので、間もなくそこから一人のウッドエルフが現れた。そいつはどう見ても、ドラゴンの彫像だの石造りの門構えには不釣り合いな質素な格好で、染み付いた血の匂い、なめし剤の匂いから、狩人だろうと知れた。もちろん俺は警戒されたが、近くの家を探していて道に迷っただけで、泊めてほしいんだがと頼むと、そいつは、自分自身も勝手に住み着いているだけだから、俺に害意がないなら少しも構わないとあっさり許してくれた。
 俺たちは火の傍で、互いの食料を交換しながら他愛のない話をした。その中にはこの廃屋についての話題も当然あった。
 ウッドエルフがここを見つけたのも偶然で、宿なしの身としてはありがたく、喜々として住むことにしたのだが、本宅のほうに寝ると寝苦しいらしい。それに、木の住宅や調度品を直すのは一苦労だが、石造りの見張り塔のほうに寝袋やちょっとした資材を持ち込むだけなら簡単で、結局こっちに住み着いたのだとか。
 俺は彼の案内で敷地の中を一通り見て回ったが、松明を片手に夜中にやるそれは、一種のホラーツアーのような趣があった。だが思ったほど家屋の傷みはひどくなく、遺棄されて3年もたっていないだろう。
 俺にそんなことが分かるのは、面白い家を探す友達のため、あちこちでそんなことを気にして物件を見るようになったからだ。
 俺はウッドエルフに、不動産屋にいる友達のことを話した。もしここに正当な持ち主がいないなら、これはいい売り物になる。もちろん、それでエルフを追い出すのは可哀想だし、それじゃOKが出るはずもないので、あんたさえ良ければそのままここで守衛を兼ねつつ暮らしていいという条件は忘れなかった。
 彼は少し考えたが了承した。

 それで俺は友達にこの場所のことを話した。
 下見して数日後には建築業者が入り、塔のほうも少し石垣なんかを直して、更にはどこからかオークの鍛冶師を見つけてきた。友達が言うには、狩人の守衛がついてくるならいっそ、もう何人かの同居人がいてもいいだろうということだった。
 世の中には、他人に自分の敷地をうろつかれるのを嫌う奴もいるが、一人で生活するのは寂しいからとそういった誰かを好む奴もいる。それならと俺は、知り合いの商人を一人、追加してもいいかと交渉した。そいつはキャラバンの隊員だが、もういい年で足が弱って旅についていくのも難しく、住み込める場所を必要としていた。
 もちろん、キャラバンにいたカジートとなるとそれだけで色眼鏡で見られる。キャラバンにいて”ギルド”ともつながりがあるからといって、誰もが手癖の悪い盗賊なわけじゃない。俺だってそうだ。”仕事”以外では人様のものに手をつけたことなんてない。俺はシフティじいさんの人柄を保証し、なんとか了承させることができた。

 そんなわけでできあがった家、センチネル・フォールズは、好事家が飛びつきそうな良物件になった。
 大きな滝が流れ落ちる岩場を背後に、左右に別れた本宅と同居人たちの住まい。それに篝火の絶えない見張り塔。建物に入ると水の音は意外に気にならず、その滝を利用して室内に引いた水で岩風呂まで造られている。入り口にドラゴン像があるならと、滝の流れ落ちる手前の岩場には大きなディベラ像も追加した。
 内装予定を描いたものは、いささか派手で俺の好みじゃないが、「従僕」とみなせそうな奴等も住み込むわけだし、これならいい金持ちが別荘として買いそうだ。それに俺も泊り客としてなら一泊くらいしてみたい。
 そんな話をしたせいだろう。建築時に出たゴミや木くずなんかを片付ける前でいいなら、興味のある奴は泊まってみてもいいと会社が許可を出した。どうせ翌日には業者が入ってクリーニングするし、寝具だのタペストリーだのはその後で入れる。今は装飾も少なく味気ないが、雰囲気くらいは味わえるだろう。
 それで俺と友達、その同僚二人は、試しにここで一晩過ごしてみることになった。

 狩人に鍛冶師のモルク、シフティじいさんを含めると七人。どんな人が買い手になるのか、といった話を肴に軽く改築祝いの宴会をし、いい感じに酒が回ると、ウッドエルフが夜の探検を言い出した。(ちなみのこいつの名前は結局知らないままになった。なにかわけがあるんだろう)
 たしかに、彼と二人で夜中に見て回ったときの雰囲気はなかなか良かったし、今なら床板を踏み抜く心配もない。そのうえ、酒が入った宴席での話は、ちょっとした宝探しを仕込むことにまで発展した。夜目がきいて身の軽い俺が、敷地内のどこかに”宝物”を隠す。それをみんなで手分けして探し、見つけた奴には一人あたり20ゴールド、もらう資格のない俺は省くから、5人分で合計100ゴールド進呈しようってお遊びだ。
 宝物は、改築中に見つかった古い小さなディベラ像で、右手が欠けてしまって価値はないからと、友達の同僚の一人がもらうことにしたものになった。
 俺はそれを持って姿を消した。隠しに行く先を見つかっても宝探しの意味はないから、俺に頼んだのは正しい選択と言える。俺はそれをとある場所に隠すと、わざわざ大回りして敷地の入り口のほうから戻った。外には隠していないが、どの方向に隠したかのヒントも、惑わしもナシにするためだ。
 そうして宝探しゲームは始まった。

 俺は隠した張本人だから参加はできない。松明を持った連中がそれぞれの場所に散っていくのを眺め、火にあたっていた。
 先に言っておけば、俺がディベラ像を隠したのは、中階の寝室にある戸棚の中だ。最初は、こっそりここ、宴会場になった見張り塔の上、俺が座っていた後ろの木箱の陰なんかも考えたが、そんな隠密スキルを披露したっていいことはない。大きなディベラ像の足元というのも考えたが、あそこはヘタすると滝に落ちかねないからまずい。それで、奇をてらわないほうがかえって見つけづらいかもと、「先にそのへんに行った者勝ち」みたいな場所にしておいた。
 松明が散っていき、建物の中に入って見えなくなったり、また出てきたりするのを、俺は塔の上からエールを手に眺めていた。やはり簡単な場所ほど見つけづらいのかもしれない。
 だがもうしばらくすれば誰か見つけるだろう。今、本宅の中にはウッドエルフと俺の友達が入っているし、足場の陰になって少し見づらかったが、松明を持たない影も一つ、下階の入り口から入っていったようだ。オークは別館ほうから出てきたところで、次にどこを探そうか考え込んでいる。

 そんなときだった。
 松明が一つ、激しく揺れながら外に飛び出してきた。それは消えかねない勢いで俺のほうに走ってきて、何事かと思った俺が階段を降りていくと、塔の入り口でぶつかりそうになった。
「大変だ、ジェィ・ィン! こっちに来てくれ! それから不動産屋の坊やたちはどこだ!?」
 そう言ったのはシフティじいさんで、彼の後ろに狩人がいた。松明を持たないのは、なるほど、俺と同じく夜目のきくじいさんだったわけだ。俺は興奮したじいさんと、顔色を変えたウッドエルフを見て、いったいなにがあったんだと尋ねながら、引き返す二人の後を追った。
 じいさんは本宅の下階の入り口から入ると、一瞬ちょっと立ち止まって考えた。その隙にウッドエルフが「こっちだ」と、すぐそこ、下階の出入り口の傍、キッチンスペースの脇にある扉へ進んだ。
 そこはそっけない石造りの小部屋で、地下の貯蔵室につながっている。隠し場所を探すときには立ち入りもしなかった場所だ。だが彼等はそこに降りたらしい。そしてディベラ像を探しているうちに、とんでもないものを見つけたのだった。

 ウッドエルフが松明を指しつけた先には、タンスがあった。いや、タンスの外枠だけがあり、そこにはぱっくりと入り口が開いていた。隠し扉だ。
「このタンスは壁に備え付けのものだし、造りが良くてほとんど傷んでいないから、そのまま使うことにしたんだと思う」
 実際、遺棄されてからはほんの数年といったところで、調度品なんかもほとんどそのまま使えるものが多かった。湿度が高いせいで傷んだのは主に外観だったし、それに、内装は入居者が大幅に入れ替えてしまうこともある。それで、見学時に見苦しくない程度にするのが常だと、聞いたことがある。そのため、改築中にうっかり見過ごされたわけか。
 しかもその隠し扉の先、地下への石段を降りた先には、とんでもない部屋があった。
 場所をどうしようと悩んで、中階に無理やり設置した錬金と付呪の台がここにあったのはいいとして、中央には石造りの祭壇と、乾いた血のこびりついた人骨……。
 それに立ちすくんでいた俺たちは、突然の唸り声と激しい金属音に飛び上がることになった。
 ものすごい唸り声を上げて金属の柵かなにかにぶつかったのは、部屋の隅のトロールだった。そいつは今までどうやって生き延びていたのか、痩せ細ってはいたが、飢えのせいでおそろしく凶暴化していた。
 しかもだ。
 そのとき突然上のほうでがしゃんと音がして、なにかがトロールのすぐ脇に落ちてきた。それがなにか一瞬は分からなかったのは全員だ。俺も、じいさんも、ウッドエルフも、トロールも。
 だがそれが俺の友達で、しかも狭いトロールの檻の中となったら―――真っ先に気付いたのがウッドエルフで、本当に良かった。というか、ここに住み着いていた彼がウッドエルフで、心底良かった。”エサ”に飛びつこうとしたトロールを、彼はウッドエルフ特有の能力でとっさに鎮めてくれたのだ。もしかすると、幻惑の魔法も加えたのかもしれない。
 その隙に俺は檻を探って鍵穴を見つけ、おそろしく複雑な鍵にピックを突っ込んだ。双子の月にかけて、このときほど盗賊稼業と探検に勤しんでいて良かったと思ったことはない。慌てたせいで3本ほどピックを折ったものの、鍵開けは俺の得意とするところで、30秒足らずで鍵が開いた。檻の扉を開けるなり、腰が抜けた友達をじいさんが引きずりだした。そして叩きつけるように扉を閉め、俺たちは一斉に、魂が抜けるかと思うような溜息をついたのだった。

 友達の話によると、彼は下階、ダイニングから横に伸びる通路にある、ふたつ目の寝室を探していたらしい。そこでやはりタンスの背板に隠された隠し扉に気付き、中に入ってみた。そこはすぐ行き止まりの短い通路のようで、いったいなんなんだろうと思っていたら、いきなり足元が抜けたのだという。で、落ちた先がトロールの檻の中。
 こんな仕掛けを作った奴は、ろくな奴じゃない。
 この話はもちろん翌日、不動産屋に連絡された。
 それでトロールを始末し、地下の部屋もどうにかし……とはならなかったのが、あの会社な妙なところだ。
 いっそこのまま、地下のびっくりショーつきの家として最初は売りだそうと決めたのだ。錬金台、付呪台も、狭いところに無理やりつけるのはやめて、地下のあの場所でいいじゃないかと。
 そんな家に住みたがるのはやっぱりろくな奴じゃない気もしたが、本当に隠し扉や落とし戸のトラップを"活用"するか、ただ雰囲気だけ面白がるかは持ち主次第だと社長が言ったらしい。
 それに、トロールは腹が減っていただけで、十分にエサをやると、実におとなしいものだった。前の住人に飼いならされたせいで、よほど腹が減らないかぎり人を襲わないらしい。
 ウッドエルフの狩人にしてみると、本来彼等は野生で善悪はなく、縄張りに入ってくれば追いだそうとしたり、あるいは食料にしたりするのは自然なことらしい。それなのにこんなところに閉じ込めて、”エサ”をやることで自然から切り離してしまった。犠牲者でしかない彼(彼女?)を殺すのはひどく勝手に思えるし、だからといって解き放っても生きてはいけないか、自然とは違った、狂った理由で生き物を襲うかもしれない。
「だから、次の持ち主が彼をそのままここに置いておくなら、私が世話をしてもいい。もし追い出すなら、私がどこかへ連れて行って、面倒を見るよ」
 彼はそう言って、檻の隙間から手を入れ、おとなしいトロールを撫でていた。

 さてどうなるか。
 買い手がつくのか、ついたとして、そいつがトロールやおかしな祭壇の込みの地下をどうするのか。
 俺としては、人のいい、そしてかなり腕が立つ隠遁の狩人が、トロールとともに住処を探さずに済むよう、遊び心の分かる、それていて極めてまともな奴があの家を買ってくれたら一番いい。
 まあなんにせよ確かなことが一つある。
 それは、俺の友達はもう二度と、絶対にあの家に近づこうとしないってことだ。それも無理もない話だと思いながら、俺はこうして今、半泣きで愚痴りながら呑んだくれる友達に付き合っているのだった。


(おちまい★)